アトリエ バロック フランセーズ

心身の調和と健康、芸術性を育むバロック音楽とダンスのアトリエ

ソレムのサン・ピエール修道院の思い出

こんにちは。

私の初めての海外旅行は、大学を卒業した年に実現しました。
独りが断然勉強になる、と師に勧められてヨーロッパの地をたった一人で訪れました。

フランス、ベルギーの旅でした。

フランスのパリは旅行の初心者でも比較的楽に回ることができるから、と教えていただきましたのでパリに一週間泊まり、その間にベルギーのブルージュに日帰りしてメムリンク美術館へ行きました。

パリを巡ってから最後、週末の2日間をフランス西部のソレムという田舎を訪れて、サン・ピエール修道院へグレゴリオ聖歌のミサに出席しました。

これは、忘れられない思い出のひとつです。

パリのモンパルナス駅からTGVに乗って、ル・マンで乗り換えました。
待ち時間が長く、1時間半は待ちました。

駅には何もありません。
暗くてベンチがあるのみ。

ベンチで金髪の長い髪の男性がおもむろにズボンの脇にくっつけていたフランスパンを取り出し、ナイフで切り、そのまま食べていました。
外でフランスパンをナイフで切って食べるということが日本人の私には珍しい光景でしたので、思わずずーっと見てしまいました。
フランスなんだな、と感じた瞬間でした。

駅の乗り換えでは、ホームでフランス人から
「アンジェ行きは、これでいいの?」
と、電車を尋ねられました。
「ええ」
と私は答えながら、フランス人って外国人にも全然平気で尋ねるのだなと、不思議に思ったものでした。
後にドイツで滞在した時、こんなことはほとんどありませんでしたね。

さて、サブレという小さい街の駅に着くと、大きなイチョウの樹が立っていました。
タクシーを待って乗り込むと、なんと女性の運転手。
その頃、日本では女性のタクシー運転手は見たことがありませんでした。
狭い道幅を、80キロのスピードでタクシーはソレムの村に向かってどんどん進みます。
ちょっと怖かったですね

フランスの田舎ののどかな風景は、日本では写真でしか見たことがありませんでした。
緑の草原に白い羊。
石造りの小さな家。
川を渡ると、いよいよ修道院が現れました。
大きかったです。

目の前がホテル。

ホテルに到着するとマダムがテキパキと喋り、何を言っているのか戸惑いました。
ホテルの部屋から近所の家々の赤茶色の屋根が見え、ゴーン、ゴーン、と、時報を伝える修道院の鐘の音が聞こえて来ました。

ああ、これはCDの鐘の音ではなくて、本物の鐘の響きなんだ!
私は心で味わいました。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ここの修道院のグレゴリオ聖歌は有名でCD録音が出ています。
私もそれを聞いて知っていました。
彫刻家のアルベルト・ジャコメッティもこのグレゴリオ聖歌の録音を気に入っていて、よく仕事の終わりに聴いていたそうです。
「柔らかなメロペ、これこそ本当の音楽だ」 という、ジャコメッティの言葉も残されています。

部屋で一休みした後、ヴェスペル、日曜日のミサの予定を確認しに修道院に向かいました。
ホテルの目の前なので、近くて助かりました。

教会の中に入ってゆくと、真っ白いオーラを感じ、余りの静けさ神聖さに涙が止まらなくなってしまいました。
壁にはマリアがいて、優しく包んでくれていました。
何分そこに立って泣いていたのか分かりません。
華やかな飾りは全然無いのに、ただただ真っ白い透き通った空気が私の全身を浄めてくれました。

落ち着いてミサの予定を見ました。
17時からヴェスペルでした。

初めての本格的なミサに出席するということで、少し緊張していました。

一旦ホテルに戻り、17時のミサに再び教会に向かいました。

ミサが始まりました。
修道士が次々と現れました。
儀式が始まり、修道士らの歌うグレゴリオ聖歌に耳を傾けていると、心が芯から安らいで行きました。
メロディはどこからともなく始まり風のように自然なデュナーミクで歌われ、修道士達の音楽の呼吸には優しく慰めるような真の癒しがありました。

パイプオルガンの間奏も、バッハの曲も入って教会中に堂々と響いて素晴らしかったです。
ミサは滞りなく流れていき、演劇を見ているような気もしました。
観客も参加できる演劇。
観客同士も抱擁し、心をひとつに出来るスペクタクル。

最後のオルガン演奏が始まり、聴きながら私はまた涙が止まらなくなりました。
こんなに感動出来る演奏は、それまで聴いたことがありませんでした。
人々の心と精神がひとつになることは、音楽をより意味深くするのだと感じました。

修道院の小さな売店で買ったマリアのペンダント、あれからもう月日がかなり経っておりますが大事にしています。



優しい表情のマリアですね。

日曜日のミサにも出席し、帰路に着きました。

サブレ駅で乗った各駅停車の埃っぽい車内で発車するのを待ちながら窓を上から開けて見た光景は、黄色い葉っぱと柔らかな風が、「ありがとう、また来て下さい。」 と言ってくれているようでした。

さわやかなソレムの修道院の思い出。

長文にお付き合い下さり、お読みいただきまして、ありがとうございました

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会話をつなぐ猫

こんにちは。

私のドイツのハノーファーでホームステイしていた家には3ひきの猫がいました。
ひとつはヴァルターという大きな黒い猫、フィリックスという黒白まだらな猫、そしてグレーのルーチという小さい雌猫でした。

ドイツのアパートは広くて6部屋もありました。
それで家賃は多分日本の3分の1位でした。

広いので暖房があってもそれほど暑くはならないのですが、室内は常に一定の温度に保たれていて、暑すぎず寒すぎずといった感じでした。
寒がりの私には、少し寒いくらいでしたね。

初めてのドイツのホームステイではじめに仲良くなったのは、黒白猫のフィリックスでした。
その頃、朝早くにドイツ語学校に出かける私を知っていて、部屋に餌をねだりにくるのでした。
ドイツの学校は8時始まりだったので、7時には家を出なければなりませんでした。

それでフィリックスが起こしに来るのは朝6時。
いつも同じ時間でした。

動物は、時間を良く知っていますよね。

この猫たちのお陰で、ホームステイの家族とも一層仲良くなれたのだと思っています。
動物がいると何よりも、笑いが増えますよね。

フィリックスは特にひょうきんな性格で、自分と同じ模様の黒白の牛のぬいぐるみの横によく座っていたのです。
同じ模様の猫と牛が、棚の上にいるものですから、それは面白かったです。

見るたびに笑ってしまい、つられてドイツの家族の方も笑うと、それから自然に話が始まりました。
難しいネイティブ同士のドイツ語も、少しわかったような気になったものでした。

笑ってリラックスするって、勉強にも良いみたいですね。

それを教えてくれた猫のフィリックス。

今は、私も迷い込んできた猫と一緒にいます。
黒猫のクロ。
ニャーというと返事をし、寒いのもへっちゃらな変わった猫です。




今日も、お読み下さりまして、ありがとうございました。


ドイツの大晦日

今日は一年の終わりの日ですね。

ドイツでは大晦日を Silvester ジルヴェスターと言います。
ドイツの街ではこの日はお昼を過ぎた頃からパン、パン、と花火の音がしてきます。
皆が思い思いに花火を打ち上げ、喜びを表します。

何だかちょっと不思議な光景でしたね。

深夜には家族が家の中でも線香花火で祝い始まったので私は思わず、
「えー、火事になる!」
と、思ったものでした。
日本では考えられないことですね

日本では大晦日に年越しそばを食べますが、ドイツでは Berliner ベルリーナーという、ジャム入りドーナツを深夜に食べるのです。
私がホームステイしていた家では夜11時頃、油をグラグラ煮立てて昼間に発酵させておいたパン生地を小さく丸めて次々とドーナツを揚げていきました。

パン生地は、揚げるとあっという間に膨らんで出来上がってしまうのです。
冷めたら中にジャムを入れます。

これを夜12時の教会の鐘の音と共に食します。
白ワインを飲んでいましたね。

家族は共に抱き合い、キスをして新年を祝います。
「Frohes neues Jahr ! (フロース ノイエス ヤー!あけましておめでとう!)」
と言いながら。

その頃、外は打ち上げ花火の音が鳴りやむことなく2時間くらい続きました。

新年元日の朝は、道路が花火のゴミだらけです。
それもいつの間にかきれいに掃除されますが。
懐かしい思い出です。

今日も、お読み下さりまして、ありがとうございました。

それでは皆様、また来年もどうぞよろしくお願いいたします!

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今日の空です。真ん中にヒトデみたいな雲が


大好きな木漏れ日


ドイツの家庭のお話・・・クリスマスに向かって

こんにちは。

11月も残すところあと3日。
もうすぐ12月、年末ですね。
日本では大掃除の季節ですが...ドイツではお料理の季節です。
ドイツでは大掃除は4月に行われます。

ドイツの家庭ではクリスマスの4週前から大量のクッキーを焼きます。
4週前の日曜日はキリスト教の第一アドヴェントで、(ちょうど今年は昨日でした) クリスマスに向かってお祝いのお菓子を焼きます。

私がホームステイしていたお家では、シンプルな型抜きクッキーと砂糖かけパイを大きな缶2つ分作っていました。
それからドライフルーツが色とりどりに入ったケーキパンも。日本ではシュトーレンで知られていますが、家庭で作ったものは味が優しいですね。そしてヴァリエーションがあります。
一度に10本くらい焼きます。
アドヴェントの日曜日は、一日中お料理をする日になります。
一度作ってしまうと、あとはそれをクリスマスまで少しずつ食べていくのです。
私は日本のおせち料理みたいな伝統なのだな、と感じました。

ドイツの冬は日が短く、たいてい曇り空が続きます。
夜は家族のみんなでゲームをしました。
かつて日本でも流行った 「人生ゲーム」みたいなものです。
すごろくの複雑版もありました。
家族の方にゲームの説明をしてもらい、私もなんとかついて行きました。
ドイツのゲームは結構ルールが面倒でしたね。

でもそんな風に、テレビをあまり見ないで家族で過ごすのは良いものですね。

私が居たドイツの家庭では、食事のときにテレビを見ることは全然なく、家族でおしゃべりしました。
ネイティブの会話についていくのは大変でしたが一生懸命聞きました。
外国語の会話は、まず聞き取れることが大事なことだと思っていましたので、とても役に立ちました。

家族で食卓を囲む。
互いの話に耳を傾ける。
笑いあい、意見を述べ合う。

ドイツの家庭は、そんな普通の暮らしを大事にしています。
そして、クリスマスが近づくことを何よりも楽しみにしているようです。

私が経験したドイツのクリスマスの様子は、また書いてみたいと思います。


今日も、お読み下さりまして、ありがとうございました。



今日も空がきれいです


フィンランドの食卓

こんにちは。

今日は、私がクラヴィコードを習った地、フィンランドの食卓について書いてみたいと思います。

フィンランドのオウルに滞在中、私はミクローシュ・シュパンニ先生のご友人のお宅にホームステイをしておりました。
奥様はミクローシュ先生と同じハンガリー人、旦那様はフィンランド人でした。

食事は、基本的には、朝、昼、晩ともに皆がバラバラに食べていました。
共働きだったこと、お子さん達も既に成人していて別々に暮らしていたということもあったかも知れません。

主食はパン、それも、大麦やライ麦たっぷりの黒パンでした。

フィンランドは自然が豊かで、食べ物の品質は非常に良いですね。
特にミルクやサーモンは、スカンジナビア半島の中では、群を抜いて良いそうです。

ミルクが良いということは、すなわちバターやチーズなどの乳製品も美味しいということです。

彼らのお弁当はいつも、黒パンにバターを塗り、塊のエダムチーズをスライスして挟み、重ねてゆきます。

ちょうど、こんな風に。

フィンランドの食卓 1
(これは、自分で再現してみました)

たまに、これに七面鳥のハム(日本にはありませんが...)を挟むことも。

さっぱりして美味しいです。

レタスは、スーパーでも鉢植えで売られていました。
これには、私もびっくりでした。

それから、フィンランド名物といえば、やはりボスニア湾で漁った生サーモン。
これは絶品です。

フィンランドの家族は、たまに朝から食べてましたね。

サーモンを薄くスライスして、ディルをかけ、岩塩をふって食べます。

甘ーい味

フィンランドの食卓 2
(これも作ってみました)

贅沢に見えますが、調理はいたって簡単。

切って挟む。
切ってふりかける。

それだけです (笑)

それから、彼らの大好物でスーパーやキオスクにまで売っているもの、それは靴の形をした、 Pie(ピイ)というピザ。
中はなんと、お米にジャガイモ、エダムチーズを混ぜて、パイ生地を靴の形に整えて焼きます。

うーん、これは形を作るのが難しいですね...。

私も何度か買って食べましたが、ひとつでお腹いっぱいになります。


フィンランドの食事は、普段は肉のスープと黒パンなど、いたってシンプルでした。

黒パンには食物繊維がたっぷり入っているため、ホームステイ先のご主人いわく、フィンランドの方の大腸がんにかかるリスクは非常に少ないそうです。

チョコレートやバニラアイスクリームなども、さっぱりして美味しかったですね。

ブルーベリータルトは、食べたらすぐに舌が紫色に染まるほど、濃い味でした。

でも、ケーキなどは少し甘すぎる感じでいまひとつでした。

*****

フィンランドは山が無く、平野で湖が沢山あり、白樺が生えています。

ミクローシュ先生のお宅は、オウル市内からバスに乗って30分ほどのリミンカという田舎にありました。
文字通り、隣人は100メートル先までおりませんでした。

あたりは一面の雪景色、静まり返った空間でひたすらクラヴィコードのロングトーンの追求。

今でも私の中に、その時の響きが深く記憶されています。

今後、このブログを通して、また実際のレッスンを通して、その時味わった空気や雰囲気、気分をできるだけ詳しく皆様にお伝えしてゆきたいと思っています。

フィンランドの人々は、豊かな自然と共にゆったりと過ごし、外国人の私に対して、いつでも、どこでもニコニコと受け入れて下さいました。

オーロラが見えるという、オウルの北のロバニエミにも一度訪れましたが、やはりとても美しい所でした。

自然の色が鮮やかでしたね。

フィンランドの様子については、また改めて書きますね。




今日も、お読み下さりまして、ありがとうございました。




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プロフィール


臼井雅美

Author:臼井雅美
ピアノを東京音楽大学で、古楽をドイツのブレーメン芸術大学とフィンランドで学びました。
チェンバリスト、クラヴィコーディストです。
バロックダンスは、フランスで勉強してきました。
ピアノは大手楽器店、また個人の音楽教室でたくさんの子供たちを教えていました。

カーステン・ローフ教授によるプロフェッショナルチェンバリスト、通奏低音奏者資格取得

フランソワーズ・ドニオによるバロックダンス教授資格取得

ハノーファー・インリィングアで、ドイツ語資格B1取得

DELFフランス国民教育省フランス語資格試験B2取得

アテネ・フランセ フランス語上級試験合格

2002年東京音楽大学研究員
2005年~2011年東京音楽大学「音楽と修辞」担当助手
2005年~2011年くらしき作陽大学特別講師
バッハの学校講師

栃木県蔵の街音楽祭、岡山音楽祭、松山音楽祭出場

丸山桂介著「バッハ聖なるものの創造」(2011年春秋社)に、バロック運指法について記述、並びにクラヴィコードによるバッハ「インヴェンションとシンフォニア全曲」を収録。(ISBN978-4-393-93788-4C0073)

ソロ演奏会や日本や海外の演奏家との共演、レッスンを行っています。

猫とチョコレート、自然が大好きです。


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